vol.02 葉月、陽光。冷えた部屋に、揺れるプリズム。
わたしはこの部屋で日々、わたしという役を生きている。登場人物はおもに、夫と犬と、わたし。演出、わたし。観客も、おもにわたし。ここは、芝居の稽古がない日のほとんどを家の中で過ごす、わたしによる、わたしのための舞台だ。このコラムは、そんなわたしの生活のありようを、月々の季節の風習とともに紹介するコラムです。理想を描いたリノベーションコラム『正直なすみか』その後、のおはなし。
夏は苦手だ。理由は暑いからです。日焼けするのも嫌だし、日焼けを気にしてクリームを塗ったり日傘をさしたりするのもたいへんに面倒くさい。それに、暑いと街が臭くなる。知らないひとの体臭も、そこらへんのゴミも、さまざまなものがつよい匂いを発しはじめる。だから、夏はなるべく、家でじっとしていたい。
だけど、夏の色はすきだ。きりっとしている。嘘みたいな青空と入道雲が、時々ほんとうに現れて、それはめちゃくちゃ大きい絵画のようで、貧乏性なわたしは「え、こんな美しいものをタダでじっと見ていいの?」という気持ちで空を眺めたりしている。空だけでなく、窓から見える桜の葉もそう。きりっとした緑。夏は光がつよいからか、世界の色が濃くて、かっこいい。クーラーの効いた涼しい部屋の中から、そんな夏の色を眺めるのがわたしはすきだ。
屈折するサンキャッチャー
涼しい部屋から出ないままで夏の光をたのしむために、サンキャッチャーを作ることにした。サンキャッチャーというのは、多面体にカットしたガラスやクリスタルによって、プリズム効果で太陽光を分散させて、その光を部屋の中に招き入れるための装飾品だ。その存在をインターネットで知ったときに、とてもいいなと思って、いつか作りたいと思っていた。
夏が苦手な理由はいくつかあるけれども、「似合わない気がする」というのもその1つだ。たとえば海とか、バーベキューとか、ビアガーデンとか。燦々とふりそそぐ太陽光のしたで弾けるみんなの笑顔! みたいなことが、どうにも自分には似合わないような気がして、そういう場では心がぎゅっと固くなってしまう。日照時間の少ない北陸地方で育ったせいかもしれない。東京の直射日光は、わたしには眩しすぎる。
その点、サンキャッチャーの光はいい。屈折させて、散らして、部屋の中でこっそり楽しむことができる。調べると「日照時間が少ない北欧で、少しでも太陽の光を部屋の中に取り込もうとして作られた」という説があった。何となく親近感がわく話だと思った。
断然、スワロフスキー
「サンキャッチャー 作り方」などで検索すると、たくさんの情報が出てくる。なかには全てを100円ショップの材料で作る方法もあった。昨今の、なんでも100円ショップで事足らせようとする風潮は、その情報に助けられることもたくさんあるし、100円をめぐる創意工夫には凄まじい情熱を感じるので、否定はできない。
けれどもやっぱり、物事には妥協してはいけない「要(かなめ)」というものがある。今回で言うところの、サンをキャッチするためのガラス玉部分。これが要だ。これに関しては、多少値段が高くても、「光のきれいさが全然違う」「いちばん理想のパーツ」であるスワロフスキー社のクリスタルを使うぞと決めた。ヴェルサイユ宮殿の、シャンデリアとお揃い。
テグスとつぶし玉
サンキャッチャーを作るために、初めて「テグス」を買った。透明な、細い糸のような、紐のような、テグス。名探偵コナンの密室トリックでよく出てくるやつだな、と思いながら買った。それから、パーツを途中で留めるための「つぶし玉」も初めて買った。使い方がよく分からなかったので、お店の店員さんに聞くと丁寧に教えてくれた。危うくアクセサリー作りの沼に足をとられそうになった。今回はどうにか堪えて余計な買い物はしなかったけれども、あの沼は深そうだったな。今度また行ってみよう。
東南角部屋の、ベストポジション
吊すときになって、大切なことに気が付いた。サンキャッチャーは、夏に向かない。夏を感じようと思って作ったのだけれども、サンキャッチャーが光を散らすには、太陽光がまっすぐ当たるほうがよくて、しかし夏場の太陽はあっという間に天高くのぼってしまうので、サンキャッチャーが窓からサンをキャッチする時間が短いのだった。
わたしは、理科があんまり得意じゃない。
何日かかけて研究を重ねた結果、ベストポジションは東側、ダイニングテーブル横の窓辺ということになった。朝の光を受けると、モールテックスの床にちらちらと光が散ってとてもきれいだ。ベランダで育てている紫蘇とバジルに水をやるために窓を開けると、クリスタルが風で揺れて、光といっしょに部屋の空気が動く感じがとてもいい。この一瞬を見るために、ちょっとくらいの早起きをしてもいいかなという気になった。
わたしは風水とかはよくわからないのだけども、サンキャッチャーは風水的にも運気があがるものとして扱われているらしい。わからないなりに、納得感がある。この世界に「よいもの」と「わるいもの」があるとしたら、絶対に「よいもの」であると感じるような、そういう美しさがサンキャッチャーの光にはある。美しすぎてちょっとダサいと言ってもいい。でも、ダサくてもいいから、この美しさを享受したい。そのせめぎ合い。サンキャッチャー。
夏、あんまり関係なかったけれども、サンキャッチャー。早起きする理由ができたから、よかった。きっとこれから、太陽の角度に敏感になるだろう。それはけっこう、いいことのように思います。運気だってあがるかもしれない。それもけっこう、たのしみです。そんな感じで、ちらちら揺れる光を眺めているうちに、苦手な夏が、どうか過ぎ去りますように。
それでは、つぎは長月、だいすきな秋に。
Photographer : つかだふ(Twitter @tsukadacolor)
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