わたしはこの部屋で日々、わたしという役を生きている。登場人物はおもに、夫と犬と、わたし。演出、わたし。観客も、おもにわたし。ここは、芝居の稽古がない日のほとんどを家の中で過ごす、わたしによる、わたしのための舞台だ。このコラムは、そんなわたしの生活のありようを、月々の季節の移り変わりとともに紹介するコラムです。理想を描いたリノベーションコラム『正直なすみか』その後、のおはなし。
「すごい、簡単……」と言いながら、気づくとわたしは紐を編んでいたのだった。編むというよりは、結ぶ。結んで結んで、結び目が並んで、並んだ結び目が模様となって、そのきれいな模様がいつの間にかわたしを「編んでいる」という気分にさせていた。
「マクラメ」という言葉をどこで見知ったのか、わたしはよく覚えていない。おそらく、ここ数年のことだろうと思う。我が家には、引っ越したばかりの頃に買ったマクラメ編みのタペストリーがあるけれども、これを「マクラメ編み」と呼ぶことを買った当時のわたしは知らなかった。呼び方を知らないまま、その編み目がきれいだなと思って買ったものだった。
世界が愛する「マクラメ」
「マクラメ」という不思議な響きは一体何語なのだろうと調べると、多くのサイトでアラビア語の「ミクラマ(組紐を意味する)」とトルコ語の「マクラマ(タオル)」が由来だと紹介されている。そしてその技術が世界に伝わるうちに、今では英語、フランス語、イタリア語、プルトガル語、スペイン語などどの言語でもほぼ共通のスペル「Macrame/macramé」が使われるようになったそうだ。
そらあ広まるわな、とわたしは思う。如何せん、マクラメ編みは簡単なのである。勿論、むずかしく編もうと思えば高度は編み方もたくさんあって、それを極めている人にとっては「簡単」と言われるのは心外かもしれない。けれども、基本の編み方は非常にシンプルだ。そして特別な道具も要らない。靴紐が結べるひとならば誰にでも出来る。そして、そのシンプルな基本技術だけで編まれたものでさえ、マクラメ編みの編み目がつくる模様は、うっとりするほどきれいなのだ。
何百年も昔、遠い異国の地でその編み目の美しさに感動したであろう女性たち(16~17世紀のヨーロッパで女性の衣服の装飾としてマクラメは流行したらしい)に、わたしは容易に心を寄せることができる。
勘でつくる編み図
マクラメ編みを紹介するいくつかの動画(文末に紹介)を見て、「ナルホドだいたい把握した」と思ったわたしは、自分でも出来る編み方だけを使って、我流の編み図を描いた。当初はもっと、目の粗い、エコバッグとしてぺしゃんこに潰して鞄に忍ばせておけるようなマクラメバッグを作るつもりであったのに、調べれば調べるほど、わたしはぎゅっと目の詰まったしっかりめのバッグが欲しくなってしまい、わざわざ持ち手まで購入したのだった。
あとは、日傘が入る大きさにしたかった。わたしは日焼け止めを塗るのが嫌いだ。どんなに「水みたい」と宣伝されているものを使っても、日焼け止めを塗った肌はどうしても重く感じるし、何よりも塗ること自体が面倒くさい。だから夏は、日光でレースが透けるような小ぶりで可愛らしい日傘ではなく、「UV遮蔽率99%」などと謳っている本気の日傘でどうにか肌を守るようにしている。だから、折りたたんだ日傘をぽいと入れられて、あとは小さなポーチと財布が入る程度の、小ぶりなハンドバッグを作ることにした。
セミの声と、増える結び目
うちは、窓の外にすぐ桜の木があるせいか、夏になると日中は窓を閉めていてもセミの声が聞こえる。エアコンの効いた部屋で、セミの声を聴きながら黙々と紐を編んでいる時間はあからさまに平和で、だんだん自分がおばあちゃんであるかのような気持ちになる。一目一目結び目を作っているうちに、やがてそれが編み模様となるみたいにして、一日一日と人生が堆積していくことを思ったりした。
わたしはいつも、漠然と、おばあちゃんになった自分のことを考えている。だんだん筋力がなくなって、体のいろんなところに不具合が起きて、家(あるいはどこかの施設)から出られないようになっても、こういうささやかな手仕事で自分を満たせるように、準備をしているようなところがある。この過酷な高齢化社会で思い描くにはずいぶんと呑気なビジョンかもしれないけれども、何となくずっとそういう気持ちがあって、だから植物を育てたり、マクラメ編みを覚えたり、生活を自己完結させる術を得ると、頼もしい気持ちになるのだ。
おばあちゃんになっても、わたしはきっと思うのだろう。マクラメ編みは、美しい。コットンの紐で編んだマクラメバッグは、涼しげで、夏によく似合う。
マクラメバッグの完成
半日ほどかけてこんこんと編み、ようやくバッグは完成した。マクラメ編みは「簡単」と言ったものの、最後、底を編むのはずいぶん苦労してしまった。いろいろな動画を見て納得したようなしていないような感じのまま、「解けなければいいだろう」というお得意のガサツさで力技的におさめた。自分で使うものだから、これでよしとする。完璧主義でないところは、わたしの悪いところでもあり、良いところでもある。と、思っている。
マクラメ編みをしながらお喋りする会をしたい
マクラメ編みは、編み棒や鉤針も必要なく、使う紐の太さのせいかもしれないけれども何となく大雑把な感じがして、「不器用だから」とふだん及び腰な人でも手を出しやすい手芸だと思う。今回は生成りのコットンロープでナチュラルなものを作ったけれども、もっとビビッドな色の、派手なものだって作れそうだ。友人といっしょに、お喋りしながらおのおの好きなものを作る会をしたら楽しそうだなあと思った。
マクラメ編みに限らず、なにかを「編む」という作業は、集中とリラックスがほどよい状態になって、精神を安定させてくれるように感じる。そこにお喋りと、美味しいお菓子とお茶があって、最終的に何か気に入りの小物でも完成したら、それはたいへんよい時間になるのではないか。幸いなことに家は風通しがいいし、ある程度の広さもあるし、ディスタンスを保って実現できる気がするのだけれども。
などと、夢想しながら。
まだまだ家に引きこもったまま、夏も終わっていきそうです。
それでは、また長月に。
参考にした動画はこちら
Photographer : 塚田史香(Twitter @tsukadacolor)
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Q本家が中古マンションを買ってリノベーションに踏み切ったキッカケから、物件購入、プラン打ち合わせ、竣工までを綴った連載コラム『正直なすみか』のアーカイブはこちら。
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