vol.03 長月、十五夜。ススキと団子と、みたらし餡。
わたしはこの部屋で日々、わたしという役を生きている。登場人物はおもに、夫と犬と、わたし。演出、わたし。観客も、おもにわたし。ここは、芝居の稽古がない日のほとんどを家の中で過ごす、わたしによる、わたしのための舞台だ。このコラムは、そんなわたしの生活のありようを、月々の季節の風習とともに紹介するコラムです。理想を描いたリノベーションコラム『正直なすみか』その後、のおはなし。
お月見をしよう、と思いついたとき、わたしはまずススキを買った。ススキといえば、昔、能登に住んでいた頃にはそこらじゅうに生えていた。雑草と同じようなものだった。しかし時代のせいなのか、東京都心部という地域性なのか、近頃ではとんと見かけなくなった。だからわたしは、花屋に寄って、ススキを買った。あんなにぼうぼうと生えていたススキをわざわざ花屋で買うなんて変な感じがした。けれども、きちんと店でディスプレイされていたススキを、数百円のお金を払って手にしたとたん、それはとても特別な、大切なもののように思えたのだった。
月見団子と、白玉粉
団子を作るのは初めてだった。スーパーにいくと「だんご粉」「上新粉」「白玉粉」などと、いかにも団子が出来上がりそうな粉が何種類も並んでいて、棚の前でうんうんとずいぶん悩んだけれども、けっきょく「白玉粉」を買って帰った。クックパッドでも使っているひとが多かったし、何より「白玉」という響きがつるんとして美味しそうだったから。粉の種類の違いは今もわからないままだ。
月見団子は、満月をイメージするため大きめに作るのがよいとされている。けれどもそれ以前に、まず大きさが揃わない。いつもそうだ。おにぎりを握るときも、春巻きを巻くときも、パンケーキを焼くときも、わたしは大きさが揃わない。揃っているほうがきれいに決まっているのに、がさつな目分量でばらばらに作り、さらには「まあ、いいか」とその出来栄えを何となく受け入れてしまう。料理をするのは嫌いではないけれど、向いてないなといつも思う。
茹だる満月
「十五夜」というのはもともと、旧暦の8月15日のことだ。中秋の名月。月の満ち欠けを基準としていた旧暦では、「十五夜」にはほとんど満月が見られていたけれども、新暦で生活している現在では、「十五夜」だからといって満月とは限らない。今年、2019年の「十五夜」は9月13日だけれども、満月となるのは14日だ。そのズレは、いいことのように思う。満月はもちろん美しいけれども、わたしは満ちていない月のほうがすきだ。
小学校の頃だろうか、月が太陽の光によって明るく見えると知ったときには驚いた。それからは、よくよく目を凝らして月を見るようになった。よくよく目を凝らすと、それまで平面に見えていた月が、ほんとうは球体で、光と陰によって満ち欠けしていると感じとることができた。空気が澄んでいる日の夜には、陰の部分も、ちゃんとこの目に見える気がした。わたしは昔から、視力がとてもいいのだった。
大きな大きな球体が、空に浮かんでいる。それがこの目に見えている。ということの不思議さに、今でもときどき胸がいっぱいになる。それは決まって、欠けた月を見たときだ。だって、陰があるほうが、物のかたちは立体的に見えるから。満月は、もちろん美しいけれども。わたしは満ちていない月のほうがすきだ。
そんなことを思っている間に、生地にかぼちゃを混ぜて色をつけた満月が茹で上がった。
みたらし団子づくり
お月見といえば、ピラミッド型に段々重ねにされた団子を思い浮かべるけれども、せっかくなので、みたらし団子も作ることにした。みたらし団子は、長いあいだわたしの中のすきな団子ランキング第1位だった。過去形なのは、今は2位だからで、大人になってから出会ったずんだ団子にその座を奪われている。でもお月見にはずんだ団子よりもみたらし団子という感じがした。色も秋っぽいし。
きび砂糖と、みりんと、醤油と、水と、片栗粉をとろとろに煮たみたらし餡、初めて作ったけれども、すごく美味しくできた。みたらし餡は、クックパッドのレシピID:4744261 を参考にしました。ありがとうございました。
団子を串に3つずつ刺して、フライパンで焼き目をつけて、みたらし餡をかけた。それは紛れもなくみたらし団子で、買うものだと思っていたものが、家でちゃんとできたことに感動した。
秋のお供え物
お月見は、もともと名月を愛でるだけでなく、信仰の意味もこめられていた。収穫に感謝するお祭りとして、団子以外にも、旬な野菜や果物をお供えするといいと言われている。そして供えたものを美味しく頂くことで、神様との結びつきが強くなるらしい。神様との結びつきは、強いにこしたことはないように思う。だからわたしは、団子の材料を買うときにいっしょに買っておいた、栗と梨を備えることにした。あとで美味しく頂くために。よろしくお願いします、神様。
月見台の完成
しばらく使っていなかった白い花瓶に、ススキとケイトウを挿した。ケイトウは「ススキだけじゃ寂しいかな」と悩んでいると、花屋のお姉さんがおすすめしてくれた花だ。ケイトウ。鶏頭。にわとりの頭。じっと見ていると脳みそのようにも見えてくるけれども、ふかふかしていて、鮮やかな黄色もススキとよく合っていて、気に入った。ススキのことも大好きになった。ススキがこんなにきれいな植物だなんて、わたしは知らなかった。こんなふうに、知らない、目にしているのに気づいていない美しさが、もっとたくさんあるのだろうな。
団子も、みたらし餡も、シンプルな材料で美味しくできたし、ススキは安くてきれいだし、「お月見」は思ったよりもずいぶん気軽にできてしまった。あとは月を見上げるだけだ。月を見上げるのも、晴れてさえいれば簡単だ。お月見は、満月じゃなくてもいいし、たぶん十五夜じゃなくてもいい。大きな大きな球体が、空にほんとうに浮かんでいて、それがこの目に見えている。その不思議で胸をいっぱいにしながら、うまい団子を食えばいいのだ。
秋はいいな。秋がすきです。秋に生まれたからかもしれない。
空気が澄んでいるこの季節に、もう一度くらいお月見がしたい。
それでは次回、神無月に。
Photographer : つかだふ(Twitter @tsukadacolor)
中古を買ってリノベーション by suumo
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「リノベーションと暮らしのカタチ」の事例として、表紙/特集ページにてQ本家が紹介されています。