vol.03 リノベーションに踏みきった話

夫と妻と、犬が一匹。築37年の中古マンションを買って、リノベーションをする話です。

家族紹介

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今じゃなくてもいい大きな決断を、
今するために必要なものは、
やっぱり、ノリと勢い。
だと思います。

今回は、我々夫婦がマンション・リノベーションをするに至った経緯を、すこし書こうと思います。リノベーションそのものの話ではない、キッカケともいえないキッカケの話なのですが、もしよろしければ読んでください。

戸建て VS マンション / 新築 VS リノベーション

「戸建てよりマンションがよい」
「新築よりリノベーションがよい」
というのは、我々夫婦にとって、もうずっと以前からの共通見解となっていました。

夫とわたしはもともと同じ広告会社に勤めていたのですが、そこでは住宅や不動産の広告を多く扱っていたので、自然とそういう事を考えたり話をしたりする機会も多く、すり合わせた結果、ふたりとも全く同じ意見を持っていたのでした。夫婦の価値観は似てくるのか、似たひとだから夫婦になったのか、分からないけれども。しかし知人のなかには「僕はリノベーションをしたかったんだけど、妻が新築じゃないとイヤだと言って……」と新築マンションを購入した人もいるので、夫婦でこのあたりの価値観が合うことはもしかしたら幸運なのかもしれません。

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「戸建てよりマンションのほうがよい」ということに関しては、まず第一に管理が楽であるということ、そして1階で暮らすのがあまり好きではない、ということがあります。虫が入ってきやすいし、外からの目も気になるし。夜景のきれいなタワーマンションに住みたいなどとは思わないけれども、窓をあけたときに地面より空を大きく感じたいなあと、何となく思っていました。

「新築よりリノベーションがよい」に関しては、やっぱり自由度の高さというのが第一にはあります。広告の仕事をするなかで、建売住宅や分譲マンションの、最大多数に最適化された同じような間取りをたくさん見すぎて、飽きてしまったのかもしれません。多少ヘンでも、自分たちにぴったりはまるプランを考えたかったのです。

それに、つるつるピカピカの新築物件よりも、経年の手触りがある物件のほうが、愛せるなと思っていました。アンティーク、とか、ビンテージ、と言ってしまうとちょっと洒落すぎるけれど。何というか、実家感、みたいなもの。時間の経過によってうまれた、必然的な存在感、というか。まあしかし、このコラムをわざわざ読んでくださっている人はきっと、そこらへんの感じはご理解いただけることでしょう。

そういった感じで我々は「中古マンションを買ってリノベーションをしたい」と、ずっと思っていたわけです。

夫の気まぐれと、妻の策略

「洞穴に住んどるような気持ちになるな、この家は」

ある日、夫がそう言いながら、パソコンを開いて中古マンションの物件情報サイトをみていました。

「どうしたの?」
「うん、引っ越したいなと思って」

洞穴に住んどるような気持ちになるやろ、この家。夫はまたそう言いながらパソコンと睨めっこしていて、わたしは突然のことで面食らっておりましたけれども、それはもう、瞬間的に、夫の背後に立ったまま、しずかに興奮しておりました。

ついに、ついにこの時がきた、と。折に触れ話しては夢を膨らませていた「中古マンションを買ってリノベーションをしたい」を、実現する時がついにきたのだ、と。

広くて、そこそこ新しくて、ペットが飼える、目黒区のマンション。という条件でさがした今の部屋は、夫婦二人で暮らすにはじゅうぶんに広いし、築10年未満できれいだし、駅から近い立地もわたしは気に入っていますけれども、しかしいかんせん、日当たりが悪い。それは本当のことでした。

うん、たしかに。
言われてみれば、洞穴のよう。
わたしはそう思うようになりました。

ところが。

その日以降、夫のパソコンは閉じられたまま、数週間のあいだ引っ越しの「ひ」の字も、リノベーションの「リ」の字も出ることはなかったのです。

……さては、アレだな?
あの「引っ越したいな」は、夫にとってはちょっとした気まぐれというか、暇だったから考えてみただけ、みたいな、仕事が忙しくなればすっかり忘れてしまう類の、ただの思いつきだったのだな? と、わたしは悟りました。

ここで、なーんだ、と軽く落胆し、やり過ごす道もあったと思います。そうしたら今頃も、変わらず賃貸マンションで生活し続けていたでしょう。しかし、わたしは思ったのでした。

……いやいやいやいや。どうしてくれよう、この胸の炎。

そもそもわたしは、今のマンションにさしたる不満などなかったのです。そりゃあ、日当たりがいいとは言えない。どちらかと言えば悪い。それでも、昼と夜の区別はちゃんとつくし。ぜんぜん問題なんかない。そもそもこんな、どこに行くにも便利な、都心でも人気の街で、犬がそこそこ走れるほどの広さのある部屋で暮らせている現状に、感謝こそすれ、不満を持つなどおこがましいことだと、そう本気で思っていたわけです。

なのに。
「洞穴」と言ったのです、夫が。
そしてわたしは一日の大半をその「洞穴」で過ごしている。

不思議なもので。それまで気にならなかったこの部屋への不満が、その日以来、わたしの中であっという間に膨らんでいきました。

日当たりが悪いだけではない。キッチンの収納が足りないとか、本棚が足りないとか、お風呂場の床がなかなか乾かないとか、トイレの洗面台のコーティングが剥げていてすぐ汚れるとか、キッチンの蛇口が伸びないとか、それはもう、細かなことがいちいち気になるようになってしまいました。

「絶対に、実現させよう、リノベーション」

ついに心の中でそんな標語を掲げたわたしは、策略を練りました。真夜中に。その策略は、簡単なものです。策略というほどのものではないし、なんなら練ってもいませんけれども。

ただ、シンプルに。
思い出してもらおうと思ったのです。夫に。
この部屋が、「洞穴」であるということを。

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    今のマンションは半分地下のようになっていて、窓の向こうには壁があり、あまり日が入らない。でも豆苗は育つ。

真夜中のミッション

それは確か、金曜日の夜であったと思います。夫は大体いつも家でビールを飲んでそのまま眠ってしまうのですが、その夜もそうでした。

わたしはひとり、自分のパソコンをたちあげ、以前夫が見ていた物件サイトをひらくと、「目黒区 中古マンション ペット可」と、適当な条件で検索をかけました。

「〇〇マンション大岡山 南側バルコニー 陽当たり・眺望良好 4,980万円」
「〇〇ハイツ八雲 新規内装 緑豊かな住宅街 3,980万円」
「コープ〇〇 南西角部屋 リノベーション向き物件 4,550万円」

などなど。わたしはその中から良さそうなものを5、6件ピックアップし、そのすべてを、プリンターでA4用紙に出力し、次の日の朝起きた夫がまず最初に座るであろうリビングのテーブルに、さりげなく、並べておいたのです。「理想の家づくり」という特集名が表紙にかかれた、カーサ・ブルータスといっしょに。

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    Casa BRUTUS No. 203

結論から言って、夫はわたしの策略に、それはそれはきれいにハマってくれました。

休日の遅い朝、起きた夫はさっそくリビングのソファに腰掛けると、わたしが並べておいたA4用紙をボンヤリと眺めていました。

「きのうね、見てたの。結構いいのあるね」

そう言ってさりげなく横に座り、私が紙をぱらぱらとめくると、夫も、ほかの物件を見始めました。

「これは、さすがに狭いやろ。これは、安い…でも遠いな…」

(よし、くいついた!)

と思いながらわたしは話をつづけます。

「これ見て、東南角部屋、6階。めっちゃ窓ある」

「おお、これは明るいやろうな、広いし」

そして、話にのってきた夫は、ついに言ったのです。

「洞穴のようやからな、ここは」

(キター!)

キーワードを引き出したわたしは、心の中でガッツポーズを決めました。

そして今度こそ、この「洞穴のような部屋から引っ越したい」という夫の潜在的な欲求を、行動に結びつけなくては! と、さらに話を進めたわけです。

「ちょっと、物件見に行ってみる?」

「おお、え、今から?」

「今から。え、行かない?」

「じゃあ、今から行くか」

(ヤッター!)

こうしてわたしたちは、本格的に。新居さがしに乗り出したわけであります。

なんて簡単なんだ。と笑ってしまったけれど。それはやっぱり、夫のなかにもともとそういう欲求があったから、あとはキッカケさえあれば、というところだったのだと思います。

わたしは頭がよくないので、たとえば日本経済を鑑みれば「不動産の買いどき」のようなものがあるのかもしれなくて、それが今だったのか、今ではなかったのか、よく分かりません。ただ、ノリと勢いでマンションを買ってはじめたリノベーションが、今のところめちゃくちゃ楽しい、ということは本当のことです。

というわけで、夫の気まぐれに、妻がつけこむ形で始まった今回のリノベーション計画。最初の一歩さえ踏み出してしまえば、物事は順番に進んでいくものだなと感心する日々です。

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さて、次回は「ファーストプランの話」から2週間後にあがってきた修正プランの話と、どうしてこの物件に決めたのか、という話を書きます。

Q本かよ

qmoto_ap

俳優/コピーライター/デザイナー
舞台を中心に俳優として活動する傍ら、雑誌、広告でコピーやデザインの仕事を手がけている。
2017年に中古マンションを購入しリノベーション。夫と二人暮らし。曇天という名の犬もいる。