vol.06 師走、年の瀬。やり残していた、Do It Yourself!
わたしはこの部屋で日々、わたしという役を生きている。登場人物はおもに、夫と犬と、わたし。演出、わたし。観客も、おもにわたし。ここは、芝居の稽古がない日のほとんどを家の中で過ごす、わたしによる、わたしのための舞台だ。このコラムは、そんなわたしの生活のありようを、月々の季節の風習とともに紹介するコラムです。理想を描いたリノベーションコラム『正直なすみか』その後、のおはなし。
もう10年ほど前だろうか、四国に旅行をしたときに、四万十川へ遊びにいったことがある。そして、カヌーに乗った。その頃のわたしは旅行そのものに慣れていなくて、いっしょに行った人たちが「カヌーに乗ろうよ!」と言い出したとき、あまり積極的な気持ちにはなれなかった。カヌーなどという乗り物は得体がしれなかったし、おっかなくて、尻込みしていたのだ。けれども、乗ってみればカヌーはとても楽しかった。まる一日を費やす8kmのツーリングコースは、娯楽の範囲を逸脱するくらいめちゃくちゃにキツくて、頭がおかしくなって逆に大笑いしていたような記憶がある。
そのときに覚えた言葉が「瀬(せ)」だ。インストラクターのおじさんが「川にはところどころ、流れが速くなっている箇所があります。これを瀬と言います」と教えてくれた。瀬にさしかかったときには、流されないように注意をしながら、しっかりパドルを漕がなくてはならない、と。でないとカヌーがひっくり返ることもあります、と。「カヌーに乗ろうよ!大丈夫だよQちゃん、絶対たのしいよ!」と陽気な強引さでわたしをカヌー体験に巻き込んだ友人は、ツーリング開始直後、いちばん最初の瀬でみごとに転覆し、全身びしょ濡れになってテンションをだだ下げていた。それも、大笑いしたような記憶がある。
なんの話をしているかと言うと、もう年の瀬ですねという話です。あのカヌー以来わたしは、「年の瀬」という言葉をとても、実感をともなって、味わえるようになった。というか、「年の瀬」という言葉の趣深さに、毎年感服してしまう。師も走るこの忙しなさ、時のながれの速さは、まさに瀬。年の瀬であるのだった。
クリスマスよりも、DIY。
巡る季節の折々に触れているこのコラム、12月はやはりクリスマスだろうか、などと自分でも思っていたけれども。ここは年の瀬、そんな煌びやかなイベントのためにパドルを漕ぐ余裕が、どうやらわたしには無かったのでした。クリスマス気分は、街を歩けば味わえるし。新年を迎える前にやっておくべきことは、もっと他にあるような気がする。もっと他に、たとえば、ずっと気になっている、数年前にやり残したDIYとか。
この、箱。この箱のことがずっと気になっていた。この箱は、知り合いの飲食店から譲ってもらったワインケースだ。黒く塗った木板とコンクリートブロックで作ったテレビ台の収納として使っている。この簡易なテレビ台自体も、簡易簡易と言いながら、簡易ゆえにもう10年以上もこのやり方でテレビを置いていて、気に入っているようないないような、ただ他にこれというテレビ台が見つからないだけのような、そういった代物であるけれども、その中にあるこの箱のことは、目にするたびに、ほんのりとした違和感をずっとずっと感じていた。だって、ぜんぜん、色が違う。
ずっとずっとと言うのは、このワインケースを手に入れた4年ほど前からずっと。そして目にするたびと言うのは、テレビの前にあるソファに座るたびなので、ほとんど毎日ということだ。ささやかにささやかに降り積もっていた違和感を、拭い去りたい、2010年代さいごの年の瀬、である。
4年前の、BRIWAX。
そもそもなぜ、この2つの箱だけ色が違うかと言えば、4年前にワインケースを4つ手に入れたときに、2つ塗ったところで力尽きてしまい、残りの2つを塗り残したのだ。その頃はDIYづいていて、箱のほかに自作の作業台もつくって色を塗ったあとで、完全に体力がこときれてしまったのだった。あと2つはまた今度塗ろう、と思ったまま、4年の月日が経ったというわけだ。
その、DIYづいていた4年前に買った『BRIWAX(ブライワックス)』を、棚の奥から引っ張り出してきた。当時は当時なりにたくさん調べて、木材を好みの色に変えるにはBRIWAXがいいらしいと張り切って購入したものだ。ぴったりと蓋をしてしまってあったけれども、まだ使えるのか、些か不安になりながら開封した。すごくたくさん残っていた。
丁寧な夫と、エイヤーと塗る妻
4年前の記憶を辿りながら、わたしは雑な感じでBRIWAXを塗りはじめた。「なんか先に表面をヤスったような気がするけど、まあいいか……」などとブツブツ言いながら、どんどん塗った。この日は休日で、ゲームをしていた夫も途中から手伝ってくれた。ものの塗り方には性格がよく出るもので、とりあえずドバドバとWAXを垂らすわたしに比べて、夫は適切な量を見測りながら丁寧に塗りつけていて、仕上がりも断然きれいで、わたしは隣で自分の雑さを省みる。そういえば4年前も夫といっしょに塗って、その時も同じことを思ったのだ。もっと丁寧に塗ればよかった、と。世界はどんどん変わっていくけど、変わらないことも、ありますね。
BRIWAXのいいところは、もとの木目が自然に出るところで、だから塗ったあとに、ブラシでごしごしと擦る。そうすると、もとの木の凸凹や筋にもしっかりWAXが馴染んで、まるでもとからそういう色の木だったみたいになる。ほんとうはウォールナットやチークのような渋めの濃い木材がいいと思っていても、思った形が売っていなかったり、予算的に買えなかったりする。そういうときに、BRIWAXは便利だ。ニセモノを作るみたいな気持ちには少しなるし、ほんとうのほんとうは、自然の木の色のほうがいいに決まっているけれども、自分で塗るのは(面倒くさいけど)楽しいし、塗った思い出ごと愛せるので、これはこれで悪くないなとわたしは思う。
4年前同様、BRIWAXはぜんぜん減らなかった。また蓋をして、しまった。もう塗り残したものはないけれども、いつか使うときが来るだろうか。ちゃんと使えたし、誰かにあげようかな。
クリスマスソングが聞こえる
ずっとずっと気になっていたことを一つ、やり終えた。4年間も見て見ぬふりをしていたのに、やってみればあっという間だった。やってみればあっという間だということは、4年前から知ってはいたのだけれども。いつだって、一事が万事、そうなのだわたしは。しかしもう、それでいい。4年かけてでも、ちゃんと塗り終えたことが今はうれしい。不思議なもので、ひと仕事終えてみると、まだまだ年内にやるべきことは山積みだと言うのに、なんとなく、ポインセチアでも買ってこようかという気持ちがわいてきたのだった。
11月なかばから流れ続けている商店街のクリスマス・ソングも、いよいよ本格的に街を盛り上げていた。花屋の店先にはポインセチアばかりが並んでいて、店全体がもう、赤かった。(クリスマス商戦……)とわたしの内なるリアリストが呟いたけれども、それでもやっぱり、ずらりと並んだ鮮やかな赤はきれいで、わくわくした。この先つづく忘年会のことを思うとお財布の中身が心もとなかったので、いちばん小さいポインセチアの鉢を買って帰った。
年の瀬は、忙しい。忙しさに押し流されるように、きっとあっという間に来年になるだろう。
三谷幸喜監督の映画『有頂天ホテル』の中で、「年が変われば、いいこともあるわ」という台詞がある。たしか篠原涼子が言っていたと思う。年末には、いつもこの台詞を思い出す。べつに今年が悪いというわけではないけれども、この台詞の、新しい年を無根拠な希望でもって迎え入れようとする力強さがすきで、この季節になるといつも言いたくなる。
今年いいことがあったひともなかったひとも、声に出して言ってみるといいと思う。
「年が変われば、いいこともあるわ」
希望をもつのに、根拠などなくていいのだから。
元号が変わって、年代も変わって、そして来年もまた、生活はつづいていく。
それではまた、睦月に。よいお年を。
Photographer : つかだふ(Twitter @tsukadacolor)
中古を買ってリノベーション by suumo
中古を買ってリノベーション by suumo (2019Spring&Summer)
「リノベーションと暮らしのカタチ」の事例として、表紙/特集ページにてQ本家が紹介されています。