vol.20 人はみんな役者なのかもしれない

役者のQ本かよさんから依頼がきた。

なんでもキーケースを作ってほしいということだ。

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    送られて来たイメージ。超具体的にきた。普通に絵が上手い。

僕はこのタイプのキーケースを見たことがなかったんだけど、わりと普通にあるものなのだろうか。初めてつくる形だが、特別難しい箇所もなさそうだ。

いつものように浅草橋でリクエスト通りの緑の革を仕入れ、金具もなんとか入手した。
気にしたのはなるべく薄く、という点。革の厚みをどうするか? ここが悩みどころだ。

カード入れが4枚あるということはその分革が重なることになる。例えば厚さが1mmだとしてもそれだけで4mmになってしまう。

過去に0.5mmでカード入れを作ったことがあるが、その時は薄すぎてすぐに革が伸びてしまった。
迷った結果、厚さは0.8mmに。多分正解な気がする。

演劇を観ると言うこと

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    サイズをざっくり決める。今思うとこの段階ですでにミスをしていたのかもしれない。

最初にも言ったがQ本さんは役者さんだ。このリノスタでもコラムを書いている。こちら

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    まずは図面通りに切っていく。

Q本さんと知り合ってから、彼女が出る舞台にはほぼ皆勤賞をもらえるくらいに観にいっている。
それには主に二つの理由がある。

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    現在トコノールを切らしているので今回はトコフィニッシュ。床面(裏面)の毛羽立ちを滑らかにする。

一つは、単純に面白いからだ。それはもうまったく特別な理由ではない。
ああ、この映画、面白そうだな、このマンガ面白そうだなという、本能的なレベルで観たいので毎回行っている。

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    床面を乾かす間にチェーンを準備する。

もう一つは、役者さんという方に興味があるからだ。

いや、役者さんだけではなく、何かを表現することを行なっている人に興味が沸く、と言った方が正しいかもしれない。

表現をしている人には何かしらのエネルギーを感じるからだ。

Q本さんは現在フリーの役者さんなので、観るたびに違う役者さんたちと共演している。
そこで新たな役者さんたちを知るのも楽しみだ。

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    キーをつけるパーツは月の形の金具を選んだ。本当は鎖も真鍮っぽいものにしたかったのだが見つからなかった。

舞台を観たあとはなぜか想像してしまう。

例えばすごくひどい性格の役なのにこの方は実生活ではすごくいい人なんだろうな、とか。演じている役とのギャップを想像してしまう。これがなんだか楽しく、毎回僕の頭の中で行なわれるのだ。映画などではあまりこの気持ちはおきない。

やはりカメラ越しではなく、自分の目で見たからなんだろうか。

書いていてふと自分で気がついた。
そうか、舞台を観るというのはきっと「体験」なんだろうなと思う。

小学校の劇の話

思えばみんな教育過程において、劇というものに参加したことがあるだろう。

現在はどうなのかわからないけど、小学校の時の劇にかける先生のあの情熱はすごかったよな、と思う。かなりの授業時間を使って練習を行った記憶がある。

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    カードケースを作っていく。T字にすると重ねても側面は二枚の重なりにしかならないのだ。

劇の本番は父兄が観に来るせいかもしれないが、今思うと先生同士の張り合いみたいなものもあったのでは? と勝手に勘ぐっている。

ぼんやりとした記憶で、少し悔しかった思い出が蘇ってきた。

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    縫い穴を開けていく。

僕のクラスは、おもちゃの王様にまつわる話で子供らしいコメディだったと記憶している。

歌った歌のフレーズは覚えているが、正直どんな話だったか内容がはっきり思い出せない。

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    縫っていく。縫っていく。

主役の王様役だった僕はそりゃもう一生懸命セリフを覚えた。ちなみに主役は僕だけではなく三人で分担していたと思う。

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    考えながら作業をしていたらいつの間にか夜になってしまった。日が落ちるのが早くなってる。

衣装のマントを用意することになって、母親に何かマントになるような布はないかと聞いたらオレンジのカーテンが出てきた。それを学校に持っていき劇の練習で着るとカーテンの王様と呼ばれた。今思うとどこかにありそうなカーテン屋さんの名前みたいだ。

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    ファスナーを取り付ける。

僕らのクラスの本番は上手くいった。まあ、どんなものであれ、もちろん拍手喝采で終わるのものではあるのだが。

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    そして、また縫っていく。

衝撃だったのは次のクラスの劇だ。

これもどんな話だったか詳し詳しくは覚えていない。ただ、重要な役できつねが出ていた。

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    コバ(縁)を紙やすりで磨いてトコフィニッシュを塗って仕上げる。

小学生が演じるにはなぜかシリアスな話で、ストーリーのハイライトでは、そのきつねが自ら人身御供となって身を捧げるという感動的なシーンがあったのだ。

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    完成! あれ?? 一番上のカード入れの位置を間違えたような気がする……。

これには観ていた親御さんたち、大号泣。僕も泣いた。

ただ、僕のその時の正直な感情は「羨ましい」だった。

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    鍵をつけるとこんな感じ。

僕も親御さんたちを泣かせたかった、そんな気持ちを子供ながらに、いや、子供だったから余計に思ったのを覚えている。

そこには褒められたい、すごいと言われたい、という承認欲求と嫉妬があったのだろうと思う。

大人になった今もあんまり変わってない。承認欲求という一言で片付けるとずいぶん楽だけどいまだに人と自分を比べてしまって苦しくなるのだから成長していない。

いざ納品と役者さんへの疑問

待ち合わせは渋谷Qフロントの中のWIREDCAFEだった。これはQ本さんが選んだカフェだった。Q本だからQフロントにしたのだろうか。そこは突っ込むのを忘れた。

しかしあいにくその日、WIREDCAFEは貸切で入れず。急遽違うカフェで待ち合わせる。
早速、でき上がったキーケースを渡した。

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    その場でカードとキーを移し替えるQ本さん。

いい機会なので、前から聞きたかったことを聞いてみた。
Q本さんは日常生活の中で「あっ今、演じてたな」なんて感じる瞬間はないの?

「……う〜ん、あんまり意識したことがないかな…、嘘をつくのも苦手だし…う〜ん」

困らせてしまった。僕の質問がざっくりしていたせいだと思う。

「でも役者に限らず、だれでもいわゆる空気を読むんで演技をする、っていうのは少なからずあるんじゃないでしょうか」

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    気に入っていただけたようです。ただ、一番上のカード入れの位置を間違えたのでどこかのタイミングでリベンジとしてもう一回作らせてほしいと伝えました。

たしかに僕も主に仕事の時など、空気を読んでうまく立ち回ったりすることがある。本音では思っていないようなことを口にすることもしばしば。

これはある意味、演技と呼べるのではないだろうか。

人は知らず知らずのうちにみんな、役者の顔をもっているのかもしれない。

もしかしたらそれは、幼い頃に劇を通して得たものなのか。

Q本かよオフィシャルサイト:http://qchic.com

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ねおみのる

profileneo

普段は普通のサラリーマン。
あるとき独学でレザークラフトを始め見事にはまる。

以来、頼まれた物など失敗や試行錯誤を繰り返し作り続けている。

今欲しい物はリアルに革漉き機とミシンだが、部屋に置く場所が多分ない。