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大阪の中心地を南北に切り裂く『なにわ筋』と『新なにわ筋』の間、大通りから少し入った小道沿いに、突如、ヨーロッパの町並みを切り取ったような異空間が現れます。そこが、店舗の設計やデザイン、住宅のリノベーション、新築の注文住宅などをてがける『9株式会社』の事務所であり、スタジオ、ショールームなどとしても使われるビル。
“クセの強い”その建物の中に足を踏み入れてみると、外観を超える驚きが。そして、中にいる人の話を聞いて、さらにビックリ……。ただならぬ人がいる、ただならぬ場所だったのです。
技術はなくても、世の中は変えられる。
現在、久田さんが力を入れているのが、DIYの普及活動。そのロックンローラーのような、もしくはファッションデザイナーのような風貌がゆえに、ふと忘れてしまいそうになりますが、かつて5年にわたって大工として修行をしていた身。当然、ノコギリもトンカチもお手の物なわけです。
「僕がつくりたいと思うのは、僕自身が好きだと感じる空間だけ。興味のない人の夢など、叶えることはできません(笑)。というのは冗談で、何が言いたいかというと、けっきょく自分のことは自分でしかできないんですよ。服だって誰かに着せられているわけではないですよね?
だから、自分の家や、自分の部屋くらいは、自分でいじってみましょうということを伝えたい。最初は壁にお気に入りのポスターを1枚はるところからで構いません。そこからはじまって、床に板をはったり、壁を塗り替えたり、それくらいは意外と簡単にできるし、すぐカッコよくなるんですよ」
何に対して、ピュア(=純粋)なのか。想像が膨らみます。
「長い目で見ると、これから世帯数がどんどん減り続けて、建物の値段はかなり安くなっていきます。例えば内装を自分でDIYしてしまうとすれば、1000万円くらいでそれなりの家が買えてしまう。つまり、35年ローンだとしたら、月々の返済なんてわずか3万円程度。ワンルームマンションに住むより安い値段で、自分だけのカッコいい家に住めるんですよ」
確かにおっしゃる通り。いま住んでいる賃貸マンションの家賃より安い額で、自分だけのお気に入り空間に住めるとなると、デメリットはないように思えます。
ただ、設計やデザインを生業としている久田さんから出てくるべき言葉ではないような気も……。一般人がみんなDIYで自分の住まいをつくり変えてしまったら、商売あがったりなのでは?
「いやいや、そんなことはありません。我々は、『それでもプロに頼みたい』という人の仕事をやればいいんです。むしろそうありたい。今はプロである私たちがやる必要のない仕事もやっている状態。フローリングをはって、壁を白くするくらい、本当に誰にだってできるんですから。
そうやってDIYの文化が広まって、もっと街に個性のある建物が増えてほしいんです。我々の会社に発注がくるかどうかなんて、二の次だから」
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アメリカやヨーロッパ、中国などでは、自分の家の内装を、自分たちの手でリノベーションしていく文化がもっと根づいているそうです。また、古材などが売られる『リビルディングセンター』と呼ばれるショップや各種パーツ屋も、多く見られるそうとのこと。久田さんは、そうあれていない日本という国に警鐘を鳴らします。
「街に個性がないなんて、絶対におかしい。人はみんな、価値観やライフスタイルがぜんぜん違うのに、同じ間取りでいいわけがありません。子どもから大人まで、男女を問わず、ビジネススーツを着ているようなものです。そんなの、気持ちが悪いですよね」
そんな熱い思いから、そして現状に対するフラストレーションから、本業である設計やデザインで多忙を極める中、全国各地を飛び回り、セミナーやイベントなどで“ディーアイワイヤー”たちを育てる日々を送っています。
ちなみに、DIYのレクチャーをする時は、Tシャツとスニーカーで、もっとラフな格好をしているそうです。今日のスタイルからは想像もつきません……(笑)
あるべき街の景観とは。その語気も強まります。
「昨今、フルオーダーで家を建てた後、出来上がった自分の家のあら探しに躍起になる施主の方が増えているそうです。なぜそんなことになるかと言うと、やはり最後までつくり切ってしまうから。誰だってフルオーダーのスーツが間違った状態で納品されたら文句を言いますよね? それと同じ。でもその流れは、建てる側にとっても、住む側にとっても幸せなことではありません。
スーツですら3回はつくらないと自分に完璧に合うものはできないと言われています。それなのに、家や店舗を1発でつくるなんて、とんでもない話。やはり、多かれ少なかれ、トラブルは出てきます。そこで、すべてを業者さん任せにするのではなく、最後の少しだけでも自分でやれたら、状況はもっと良い方向へと変わっていくと思うんです」
話はグルっと回って、最初の『ナイン』という社名の由来と同じ文脈へと戻ってきました。やはり、久田さんが考える本質の部分は、そこにあったようです。
「別に建築家や設計士じゃなくても、かっこいいものはつくれるんです。一般の人たちが『自分でつくっていいんだ』と気づいた時に、世の中の状況は一気に変わっていくと思います。我々がそんな改革の拠点になれればいいなと思って、DIYの普及にも取り組んでいるんですけどね」
自身の手がけたビジュアルで、社会的な革命を。一般人のDIYで、街の景観に革命を。「技術なんかなくたって、世の中は変えられる」。当時、中学生だった久田少年がセックス・ピストルズから衝撃とともに学んだ大切な教えは、今なお、息づいているようです。
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PHOTO by Yusuke Nishimura / 9株式会社より支給
9株式会社
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PUNK PRIMITIVE PURE「前衛で、素朴、純粋なデザインを」
9の永遠に追求するデザインコンセプトは「前衛、素朴、純粋」。
9は案件の大きさではなく、共感できる方との仕事を優先させて頂きたいと考えていますから、予算が少ない場合も遠慮なさらないでください。
あなたとお会いできるのを楽しみにしています。
WRITER'S VOICE
アナーキー・イン・ザ・オオサカ!?
かつては生粋のミュージックラバーだった僕も、当然、ピストルズ的な価値観にどっぷりと浸かった時期がありました。
その衝動を、完全に違うフォーマットで表現している久田さんには、非常に感銘を受けましたね。
その作品群や「ここ、本当にオフィス?」と感じる空間を見れば、その存在やアティテュードは、たしかにパンクそのもの。それを見て天国で微笑むシド・ヴィシャスの顔が想像できました。