大阪の中心地を南北に切り裂く『なにわ筋』と『新なにわ筋』の間、大通りから少し入った小道沿いに、突如、ヨーロッパの町並みを切り取ったような異空間が現れます。そこが、店舗の設計やデザイン、住宅のリノベーション、新築の注文住宅などをてがける『9株式会社』の事務所であり、スタジオ、ショールームなどとしても使われるビル。
“クセの強い”その建物の中に足を踏み入れてみると、外観を超える驚きが。そして、中にいる人の話を聞いて、さらにビックリ……。ただならぬ人がいる、ただならぬ場所だったのです。
ファッション、音楽、そして社会的革命。
今回お話を聞いたのは、9株式会社の代表、久田さんです。その出で立ちは、建築関係というよりは、完全に大物ロックンローラーのそれ。しかも、オフの日というよりは、今まさにステージに上る瞬間のように仕上がった状態です。引き締まった肉体に、タイトな黒いジャケットが、バシっときまっています。
それもそのはず。久田さんのからだを流れる血は、『建築』や『設計』というよりも、『ファッション』と『音楽』によってつくられ、醸成され、絞り出されたもの。
「僕は30歳までファッションのデザインをやっていました。だから今も建築というよりは、ファッション的な感覚と手法で、空間のデザインをしています。つまり、『どう見えるか』を大切に、表層を整えていくイメージです。
ファッションというのは、時代の流れや、その時々で人々が何を新しいと感じているかをつかみとり、さらにその少し外れたところに本質を見出すもの。それと同じ感覚で、建築をやっていますね」
30歳にして、それまでとはまったく違う業界へと転職をした久田さん。そこから5年間、大工として家のつくり方を学び、その後、服をつくる感覚で、自身の家の改装にチャレンジしたと言います。
当時はまだ『リノベーション』という言葉もなかった時代。できあがったマイホームは、現在のトレンドとも言える無垢のフローリングと、天井と壁にペンキを塗っただけのスケルトン空間でした。そこをオープンハウスとして営業活動をすることで、事業をスタートさせ、今につながっているそうです。
そもそも社名である『ナイン』という言葉。どこに由来があるのでしょう。もしかして、学生時代は野球部に所属? もしくは、同名マンガのファン??
そうではありません。そのワードには、久田さんの仕事への向き合い方、そしてクライアントへの付き合い方への想いが入っていました。
「『ナイン(=9)』は、『10』に1つ足りない数字。つまり『完成していない』という意味が詰まっています。我々がやっている建築や内装って、つくり切ってしまうとそこで終わりだし、そもそもつくり切るなんて、無理なんですよ。
例えばMacやiPhoneといったアップルのプロダクトを考えてください。世界的なトップデザイナーが集まった精鋭チームが、何年もかけて一つの製品をつくり出す。そういうものこそが、本当のデザインだと僕は考えています。それと比べて、我々は初めて会った人と、試作もつくらずに、たかが数ヶ月で建てていく。それで完璧なものなどつくれる訳がないんです。自惚れてはいけません」
服や雑貨などと違って、住んでみてイメージが違っていても、もう一度、つくり直すことができない世界。「完璧なものなど、つくれない」という衝撃的な発言の奥には、潔さと謙虚さ、そして強い責任感が潜んでいます。
「設計事務所の人って『あなたの夢を叶えます』みたいなことをよく言いますよね? でもやっぱりそれは不可能ですよ。そんな甘いものじゃない。個人の家にしても、店舗にしても、図面やパースではよくても、実際に使ってみたら、少し違うなって感じることはゼロではありません。だからといって服と違って、もう返すことはできない。
そう考えると、最後までつくり切らず、残せる部分は残して、時間をかけて詰めていった方がいいんですよ」
ファッションと並んで、もうひとつ、久田さんを語るうえで欠かせないのが音楽。ナインが手がけた空間からは、ミュージシャンのライブで、ステージから放たれる圧倒的な衝動と似たエネルギーを感じます。
音楽との出会いを聞くと、社内の壁に貼られた1枚のポスターを指で差しながら、説明をしてくれました。
「中学生の時に、友達の家でセックス・ピストルズを知りました。彼らの存在は本当に衝撃的でしたね。それまで僕は、音楽ってある程度の楽器の技術が必要だと思っていたんです。でもピストルズは違った。たった3コードだけで、世界にものすごいインパクトと影響を与えたわけですから」
セックス・ピストルズは70年代のロンドンで結成され、世界の音楽シーンを揺るがした伝説のパンクバンド。サウンドは極めてシンプルながら、反体制的なメッセージと、過激なファッションセンスも相まって、スタジオ・アルバム1枚を残しただけにも関わらず、その後の音楽界にも多大なる影響を残しました。
「今でも、表現方法は違いますが、ピストルズが残したものと同じことがしたいと思って、この世界でやっています。ビジュアルを用いて、社会的な革命を起こしたいんですよ」
PHOTO by Yusuke Nishimura / 9株式会社より支給
9株式会社
PUNK PRIMITIVE PURE「前衛で、素朴、純粋なデザインを」
9の永遠に追求するデザインコンセプトは「前衛、素朴、純粋」。
9は案件の大きさではなく、共感できる方との仕事を優先させて頂きたいと考えていますから、予算が少ない場合も遠慮なさらないでください。
あなたとお会いできるのを楽しみにしています。