「from Nakameguro to Everywhere」
世界的アーティストであるコーネリアスは、2001年にリリースした名盤『POINT』の副題に、作品への矜持も込めて、「Nakemeguro=中目黒」という地名を冠します。
あれから十数年。サブカルチャーの聖地だったこの地も、少しずつ様相を異にしました。相変わらず多くの若者が行き交うものの、音楽の匂いも、カルチャーの匂いもあまりしてこない。良くも悪くも、中目黒は生まれ変わった。昔を知る人は、皆そう口にしています。
しかし今、この地で新しいムーブメントが生まれようとしているのです。キーワードは“価値観のリミックス”。中目黒近辺に生まれ育ち、街の変遷を見続けた1人の男が見据える先にあるのはどんなものなのでしょうか。
1冊のアートブックから、新たなフェーズへと走り始めた人生。
ここであらためて、店舗の紹介を。
大きなガラスが印象的な扉を左右に開くと、清潔感のある白い空間が広がっています。入って左手にはアナログレコード。右手にはカルチャー誌やアート誌などの書籍。その奥には試聴機が並ぶ店内。何よりこの空間を唯一無二なものにしているのが、中央のブースに並ぶ無数のカセットテープと、まるでウォホールのポップアートを見ているような気分にさせられるラジカセたちです。
「僕の中でカセットテープに火がついたのは2004年。アマゾンにいた時です。1冊の本との出会いがきっかけですね。ちょっと待っててください」
バックヤードから出てきた『Mix Tape: The Art of Cassette Culture』と題された1冊の本。ハードカバーの表紙自体がカセットテープのビジュアルになっているそれは、アメリカインディーズ界におけるカリスマ的存在、ソニック・ユースのサーストン・ムーアが編集を手掛けたというから驚きです。
「これは、サーストン・ムーアが若い頃に知人のために作ったミックステープのビジュアルを集めてつくられたアートブックです。昔は彼女や友人にテープを作って渡す文化、ありましたよね。インデックスカードを手書きで作ったりして。ほろ苦い青春の思い出です」
この1冊との出会いをきっかけに、カセットテープの収集を始めたという角田氏。最初から、いつかはビジネスにすることを考えていたのでしょうか。
「それはまったくありません。アマゾンを辞める自分も想像できませんでしたから」
確かに、アマゾンに勤めていれば、その後の人生はおそらく安泰だったでしょう。その道を捨てて、大きな選択をさせたものとは?
「決断にいたった理由は主に2つあります。当時アマゾンの中でも大ベテランになっていて、ある程度の役職にもついていました。すると当然、若いビジネスマンに様々なレクチャーをしたり、講演会などで登壇したりすることも増えてくる。もともと好きな音楽を売ることを仕事にしたくて、レコード屋のバイヤーから始まり、模索しながらアマゾンにたどり着いたわけで、もちろん仕事は充実していたのですが、ふと、『本当にこれがやりたかったことかな?』という疑念が湧いたんです」
「もう1つの理由は、当時からコレクターとして特に音楽関係のたくさんのものを収集していました。すると時代がそれらを再評価し始めたんです。徐々にですが、カセットテープへの評価も世界レベルで高まっていて、それと同時にニーズも大きくなりつつありました。しかし、日本にはレコード屋や古本屋はあるけど、カセットテープ屋はありません。そこで、もしかすると、自分が持っているコレクションを活用すれば、自分にしかできないことが形になるのではないかと考えたんです」
決断してからは早かったと角田さんは言います。長く勤めたアマゾンを後にし、愛着のある中目黒に場所をみつけ、内装を済ませ、この「Waltz」ができあがりました。
自身が身を投じてきた「WAVE」「AMAZON」というブランド名を構成する象徴的なアルファベットを並べたその店名に、キャリアの集大成にするという意気込みが見え隠れしています。
PHOTO by Kaori Nozaki