「from Nakameguro to Everywhere」
世界的アーティストであるコーネリアスは、2001年にリリースした名盤『POINT』の副題に、作品への矜持も込めて、「Nakemeguro=中目黒」という地名を冠します。
あれから十数年。サブカルチャーの聖地だったこの地も、少しずつ様相を異にしました。相変わらず多くの若者が行き交うものの、音楽の匂いも、カルチャーの匂いもあまりしてこない。良くも悪くも、中目黒は生まれ変わった。昔を知る人は、皆そう口にしています。
しかし今、この地で新しいムーブメントが生まれようとしているのです。キーワードは“価値観のリミックス”。中目黒近辺に生まれ育ち、街の変遷を見続けた1人の男が見据える先にあるのはどんなものなのでしょうか。
駅を降りた瞬間にはじまるストーリー
カセットテープやレコード、各種書籍が整然とならぶ店内。物欲や知的好奇心がくすぐられるだけでなく、しばらくいると、 あまり味わったことのない居心地のよさと、数分に1度、定期的にアドレナリンが出るような不思議な感覚を覚えます。
無数のカセットテープが並ぶというビジュアル自体が新鮮なのですが、 それだけではない何かがあるような気がして仕方がありません。
「自分で作る店なので、たくさんのことを考え、計算しつくして、詰め込みました。ビジネスと同じで、店舗もプレゼンテーションが大切です。そもそもこの場所は駅から少し遠い。 歩くと10分以上かかります。それって正直、めんどくさいですよね? 今の時代だと地図アプリを見ながら、 不安を感じながらここに辿り着くわけです。
そのストーリー自体をプレゼンテーションするという考え方に至りました。駅を降りて歩き出すところからが、このお店のブランディングなんです」
初めての土地を10分ちかく歩かないといけない。本来であればネガティブなそのファクターを、ストーリーづけすることで、メリットへと昇華させるテクニックが見られます。
「そうやってやっとお店に辿り着いたのに、1分で出て行きたくなるような店舗だと、ユーザーは価値を見い出すことができません。だからまず、情報量の多さに意識がいくように作りました。圧倒される感じです。『なにこれ!』『レコードもある!』『この雑誌、むかし持っていた!!』『ラジカセ、懐かしい!!』……と、そこからは店内のプレゼンテーションになります。見始めると止まらないような仕掛けを随所に設けたんです。
そして、欲しい物を見つけてレジに持っていくと、普段でも使えるようなかわいいショップバッグで商品が渡される。そうすると驚きと同時に、大きな満足を感じて帰ってもらえます。そこでプレゼンテーションが完結するんです」
時間の経過にともなう心情の変化や、目線の動きまでも操作する。その目論見にまんまとやられていたのかもしれません。
とはいえ、そんな計算された様子や堅苦しさは裏側に潜み、場所そのものは開放感にあふれた空間で、女性が1人でも入れるような清潔感も保たれています。
「確かに清潔感は意識しましたね。レコード屋さんや古本屋さんで商品を探していると、埃で手が真っ黒になったりする。それがすごく嫌なんです。あと、レコードの棚がギュウギュウに詰まっていて指も入らなかったり、天井までモノが積まれていて、下の方のものがとれなかったり。そういうストレスを排除するために、かなりこだわりましたね」
居心地のよさに、ついつい長居したくなる。それは決して偶然ではないようです。
話を聴けば聴くほど、常に冷静沈着、狡猾で優秀な策士という印象が強まっていきます。となるとやはり、店舗のオープンから約1年が経った今、想定外の出来事などはなかったのでしょうか。
「いや、当然ありますよ。まずはカセットテープの持つギフトとしての価値。これに気付かされましたね。思い出の1枚をカセットで贈るということは、その人の生き方や青春時代に敬意を払うことになると思います。
そしてカセットテープはモノとしても可愛いし、値段もちょうどいい。何より驚きがあります。『え!? カセットテープなんて、まだ売ってるの?』って、普通は思いますよね。数年間、数十年間をフラッシュバックさせるプレゼントってなかなかありません。みなさん、本当に喜ばれます」
みなさん、想像してください。自分の青春時代に、一種の熱病のように聴きたおした1枚が多くの人にあるはず。それを今、カセットテープでもらったら……。そのサプライズ感は説明不要です。
PHOTO by Kaori Nozaki